「娘の役目」「お此お糸」の入力が終わった

「娘の役目」と「お此お糸」の2編の入力が終わった。2編とも初出が不明な作品なのだが、「お此お糸」については、戦時中に慰問雑誌に掲載されたことを示唆しているように思われる証拠は残っている。
筆者の手許に、「銭形平次捕物控 外数篇」という表題の薄い本がある。昭和21年2月1日印刷、2月5日発行、発行所はアカツキ書店(東京都板橋区豊玉町)となっている。
そもそも「外数篇」という表題からして奇妙な本なのだが、内容はさらに奇怪で、本の前半は銭形平次捕物控の短編集、後半は宇井無愁のユーモア小説の「タンクの足」(読切)と共に「お此お糸」が掲載されている。後半の中にはコラムや詰め将棋の回答なども掲載されていて、昔の大衆小説誌によくある構成の本なのだが、その一部が抜粋された形で収録されているのである。元の本はそれなりの厚さであった事をうかがわせる内容である。また、その中には乃木大将の軍人向けの訓示なども載っているので、一般の書店向けの雑誌ではなく、軍、とくに陸軍向けの慰問誌であったのではないかと思われるのだ。
この頃は活字を組んで作る活版印刷が主流であるため、容易には復刻版は作れない。おそらく印刷用の刷版を作るときに使われる「紙型」を再利用して作った本なのではないかと思われる。他の出版社が作った紙型を勝手に使って本を作るのは立派な泥棒であるが、慰問雑誌を作っていた陸軍、海軍の恤兵部は敗戦と共に解体されているから微妙である。ただ、この本の奥付には出版社は書いてあっても、通常あるべき印刷所は記載されていない。紙型を勝手に流用して本を作ったのでは、さすがに印刷所は名乗れないかな?とも思うのである。
この本の版型は四六判で、海軍の戦線文庫や陸軍の陣中倶楽部とは版型が異なる。有力な候補としては陸軍恤兵部の「陣中読物」が四六判なので、それかとも思うのだが、陣中読物の現物を見ていないので何ともいえない。

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「お此お糸」は中一弥の挿絵入りで、すべての漢字にルビがふられたきちんとした作りである。
で、非常に興味深いのは、本編が「銭形平次捕物控の内(第2話)」となっている点で、
これ以前の号に第1話が掲載されていることが示唆されている。

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筆者は「第1話」が「娘の役目」であったのではないかと考えている。

河出書房版全集の「娘の役目」の冒頭部は下記の通りである。

「八、何んか良い事があるのかい、たいそう嬉しそうじゃないか」 
「へッ、それほどでもありませんよ親分、今朝はほんの少しばかり寝起がいいだけで――」 
 ガラッ八の八五郎は、そういいながらも湧き上がって来る満悦を噛み殺すように、ニヤリニヤリと長んがい顎を撫で廻すのでした。 
「叔母さんから纏まったお小遣でも貰った夢を見たんだろう」 
「そんなケチなんじゃありませんよ、憚りながら濡れ事の方で、へッ、へッ」 
「朝っぱらから惚気の売り込みかい、道理で近頃は姿を見せないと思ったよ。ところで相手は誰だ、横町の師匠か、羅生門河岸の怪物か、それとも煮売屋のお勘子か――」 
 平次はそんな事をいいながら朝の膳を押しやって、貧乏臭い粉煙草をせせるのでした。 
「もう少し気のきいたところで――」 
「大きく出やがったな、年中空っ尻のお前が入山形に二つ星の太夫と色事の出来るわけはねえ、それとも大名のお姫様のうんと物好きなのかな」 
 お静は、二人の話のトボケた調子に吹出しそうになって、あわててお勝手へ姿を隠しました。この上付き合っていると朝のうちから転げ廻るほど笑わされるのです。

ところが、この部分は同光社磯部書房版全集では次のようになっている。

「八、何んか良い事があるのかい、大層嬉しそうじゃないか」 
「へッ、それほどでもありませんよ親分、今朝はほんの少しばかり寝起がいいだけで――」 
 ガラッ八と異名で呼ばれる八五郎は、そういい乍らも湧き上がって来る満悦を噛み殺すように、ニヤリニヤリと長んがい頤を撫で廻すのでした。 
 相手になっているのは、江戸開府以来の捕物の名人と言われた銭形の平次、まだ三十そこそこの苦み走った良い男ですが、十手捕縄を持たせては、江戸八百八町の隅々に、魑魅魍魎のように暗躍する悪者共を番毎顫え上がらせている名題の名御用聞です。 
「叔母さんから纏まったお小遣でも貰った夢を見たんだろう」 
「そんなケチなんじゃありませんよ、憚り乍ら濡れ事の方で、へッ、へッ」 
「朝っぱらから惚気の売り込みかい、道理で近頃は姿を見せないと思ったよ。ところで相手は誰だ、横町の師匠か、羅生門河岸の怪物か、それとも煮売屋のお勘子か――」 
 平次はそんな事をいいながら朝の膳を押しやって、貧乏臭い粉煙草をせせるのでした。 
「もう少し気のきいたところで――」 
「大きく出やがったな、年中空つ尻のお前が入山形に二つ星の太夫と色事のできるわけはねえ、それとも大名のお姫様のうんと物好きなのかな」 
 こう言った調子で何時も大事な話を進める親分子分だったのです。ガラッ八の八五郎はこの時二十八、まだ叔母さんの二階に居候をしている独り者ですが、平次のためには大事な見る眼嗅ぐ鼻で、この春から十手を預って、今ではもう押しも押されもせぬ一本立の御用聞でした。 
 平次の女房の若いお静は、二人の話のトボケた調子に吹出しそうになって、あわててお勝手へ姿を隠しました。この上付き合っていると朝のうちから転げ回るほど笑わされるのです。 

「ガラッ八と異名で呼ばれる八五郎」、「相手になっているのは、江戸開府以来の捕物の名人と言われた銭形の平次、まだ三十そこそこの苦み走った良い男ですが、十手捕縄を持たせては、江戸八百八町の隅々に、魑魅魍魎のように暗躍する悪者共を番毎顫え上がらせている名題の名御用聞です。 」、「こう言った調子で何時も大事な話を進める親分子分だったのです。ガラッ八の八五郎はこの時二十八、まだ叔母さんの二階に居候をしている独り者ですが、平次のためには大事な見る眼嗅ぐ鼻で、この春から十手を預って、今ではもう押しも押されもせぬ一本立の御用聞でした。」という銭形平次や八五郎を説明する文章がもともとは有って、それが河出書房版ではバッサリ削られていることが分かる。

つまり、同光社版の全集に収録されている「娘の役目」は、銭形平次になじみのない読者を意識して書かれたものであることがわかる。書下ろしでは今更銭形平次やガラッ八の説明からしなければならない読者を対象に本が出版されることは考えにくいので、やはりこれは、オール読物の読者層とは必ずしも一致しない雑誌に初めて連載が始まったことを示唆しているように思われるのだ。
「娘の役目」が、連載第2回と明記されている「お此お糸」に先立つ連載第1回の作品ではないかと筆者が推定するゆえんである。

なお、「娘の役目」は10月26日の事件という設定で、「お此お糸」は「よく晴れた二月のある朝」となっている。これから見ると文藝讀物が休刊となった昭和19年4月以降、昭和19年末か昭和20年の1月号、2月号あたりに発表された作品なのではないかと筆者は考えている。

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