「仏像の膝」「八千両異変」の入力を終わった

「仏像の膝」と「八千両異変」の入力が終わった。
「仏像の膝」は密室物で推理小説色の濃い作品。そのトリックはいかにも日本的である。「灸の匂いは違うのでは?」というツッコミはあるだろうが・・。
「八千両異変」は「仏像の膝」の後日談で、いわば連作になっている。銭形平次には以前の作品の登場人物を再登場させた作品というのは他にもあるが、2作続いた連作というのは珍しい。ただ、誌面の制約からか、いかにも尻切れトンボの終わり方になっている。これは筆者の全くの想像なのだが、「八千両異変」の話のテンポの進め方から考えると、野村胡堂はこの作品を2回ないし3回くらいの連載にするつもりでいたのかもしれない。ところが原稿を大分書き進めてしまった後になって、あるいは校正の段階になって、文藝讀物は昭和19年4月号限りで休刊となってしまうことが判明し、急遽バタバタと話を完結させるように書き直したのではないか?そんな感じもするのである。

いっぽう、文藝讀物が昭和19年4月号を最後に休刊したことによって、昭和六年以来連綿と続いていた銭形平次は、その発表の場がついに失われてしまう。
野村胡堂は、銭形平次の他にも池田大助、磯川平助などの捕物シリーズがある。池田大助は戦前からいろいろな雑誌に発表されていて、海軍の慰問雑誌の「戦線文庫」などにも登場するのだが、野村胡堂氏自身が書いておられるように、銭形平次は戦前はオール讀物一本に絞って執筆された。(中央公論社の銭形平次捕物百話に書き下ろされた9編を除く)

しかし、文藝讀物の休刊で行き場を失ってしまった銭形平次は、これ以降、さまざまな雑誌に登場するようになる。戦後になって、オール讀物が復刊された後も、オール讀物一筋には、もう戻ることは無かった。
戦後間もなく捕物帳は占領軍からも出版を認められ、テレビが本格的に普及しはじめるまで、雑誌は黄金期を向え、大小さまざまな出版社や新聞社が小説を主体とする娯楽雑誌を手掛け、捕物帳はその主要なジャンルとなった。横溝正史の人形佐七、山手樹一郎の遠山の金さん、城昌幸の若さま侍など、多くのヒーローが雨後のタケノコのように出版された雑誌の誌面で活躍したのである。

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