銭形平次作品中の外国語に対する戦時中の「敵性語排除」の影響

銭形平次を読んでいると、しばしば唐突に外国語に出くわすときがある。カタストローフとかメゾソプラノなど。江戸時代の捕物小説の中に外国語が登場するのは違和感を通り越してびっくりするのである。
以前、これまでの一連の書誌で昭和19年の作品とされてきた「風呂場の秘密」の中で詭計に「トリック」とルビが振られていて驚いたという事を書いたことがあるが、戦時中には米英が敵国だったことから英語は「敵性語」として排除され、講談社の「キング」は昭和18年3月に「富士」に改題し、銭形平次が連載されていた「オール讀物」は昭和18年9月には「文藝讀物」に改題されている。
このような背景の中で、銭形平次の作品中では、果たして戦時中の敵性語排除の影響があるのかどうかを調べてみた。
開戦後に最初に発行されたオール讀物昭和17年1月号から、昭和23年までの銭形平次の短編について、年代順に調べた結果を紹介する。
オール讀物昭和17年1月号   お吉お雪    外国語なし
オール讀物昭和17年2月号   仏敵      アリバイ
オール讀物昭和17年3月号   駕籠の行方   モーション
オール讀物昭和17年4月号   雛の別れ    テンポ
オール讀物昭和17年5月号   井戸の茶碗   アリバイ
オール讀物昭和17年6月号   仏師の娘    タッチ
オール讀物昭和17年7月号   火の呪い    スパイ
オール讀物昭和17年8月号   鐘五郎の死   アリバイ
オール讀物昭和17年9月号   紅い扱帯    ヒステリック
オール讀物昭和17年11月号  第廿七吉    外国語なし  
オール讀物昭和17年12月号  父の遺書    (ギヤマン)
オール讀物昭和18年1月号   五つの命    外国語なし
オール讀物昭和18年2月号   二枚の小判   外国語なし
オール讀物昭和18年3月号   権八の罪    外国語なし
オール讀物昭和18年4月号   仏喜三郎    外国語なし
オール讀物昭和18年5月号   茶碗割り    外国語なし
オール讀物昭和18年6月号   蜘蛛の巣    外国語なし
オール讀物昭和18年7月号   秤座政談    外国語なし
オール讀物昭和18年8月号   縞の財布    外国語なし
文藝讀物昭和18年9月号    彦徳の面    外国語なし
文藝讀物昭和18年10月号   遺言状     アリバイ
文藝讀物昭和18年11月号   槍の折れ    外国語なし
文藝讀物昭和18年12月号   お銀お玉    外国語なし
掲載誌不詳(昭和18年)    棟梁の娘    モラル (月刊読売秋季臨時増刊昭和24年9月)
文藝讀物昭和19年1月号    荒神箒     アリバイ
文藝讀物昭和19年2月号    凧の詭計    外国語なし
文藝讀物昭和19年3月号    仏像の膝    (ニッケル)
文藝讀物昭和19年4月号    八千両異変   外国語なし (文藝読物は4月で停刊)
掲載誌不詳(昭和19年)   娘の役目    外国語なし(昭和19年軍慰問雑誌?)
掲載誌不詳(昭和19年)   風呂場の秘密  トリック (読物時事昭和24年9月号)
掲載誌不詳(昭和19年)   お此お糸    外国語なし(昭和19年軍慰問雑誌?)
東北文庫昭和21年1・2月号  閉された庭   外国語なし
東北文庫昭和21年3月号    娘と二千両   外国語なし
東北文庫昭和21年7月号    子守唄     外国語なし
月刊西日本昭和21年8月号   幽霊の手紙   外国語なし
オール讀物昭和21年10月号  二つの刺青   ロマンティック  (オール讀物復刊)
オール讀物昭和21年12月号  酒屋忠僕    外国語なし
オール讀物昭和22年1月号   桐の極印    エロキューション
オール讀物昭和22年2/3月号  花見の果て   アリバイ
オール讀物昭和22年4月号   毒酒      外国語なし
宝石昭和22年4月号      生き葬い    リード
オール讀物昭和22年5月号   詭計の豆    カテゴリー
オール讀物昭和22年6月号   櫛の文字    外国語なし
オール讀物昭和22年7月号   百足屋殺し   ニュース
オール讀物昭和22年8/9月号  偽八五郎    アルト
オール讀物昭和22年10月号  神隠し     センチメンタル
オール讀物昭和22年11月号  若様の死    外国語なし
オール讀物昭和22年12月号  髷切り     (木乃伊)
掲載誌不詳(昭和22年)   一番札     外国語なし
オール讀物昭和23年1月号   水垢離     グロテスク
宝石 捕物と新作長篇23年1月 青銭と鍵    フェミニスト
オール讀物昭和23年2月号   お登世の恋人  カヴァー
実話と読物昭和23年2月号   妹の扱帯    スタート
オール讀物昭和23年3月号   罠       ヒステリック
オール讀物昭和23年4月号   頬の疵     外国語なし
オール讀物昭和23年5月号   尼が紅     ポーズ
東京昭和23年5月号      小判の瓶    ニュース
小説の泉第2集昭和23年5月  鍵の穴     ストック
オール讀物昭和23年6月号   盗まれた十手  ポーズ
オール讀物昭和23年7月号   御時計師    ピラミッド
オール讀物昭和23年8月号   歩く死骸    サボタージュ
オール讀物昭和23年9月号   御宰籠     ニュース
小説の泉第4集昭和23年9月  浮世絵の女   カムフラージュ
キング別冊昭和23年9月    名画紛失    ニュース
オール讀物昭和23年10月号  二人娘     アウトライン
オール讀物昭和23年11/12月号 お長屋碁会   テスト
面白倶楽部昭和23年11月号  小便組貞女   アパッシュ
旬刊ニュース増刊昭和23年11月遠眼鏡の殿様  レクイエム
いかがであろうか?年代によらず外国語が登場しない作品もあることはあるのだが、昭和17年9月以前と昭和21年10月以降の間に挟まれた戦時中と終戦直後の期間は、アリバイが2回出てくることを除けば、明らかに外国語の出現頻度が下がっているのである。(ギヤマンは日本語化した外来語だし、ニッケルは英語以外でも使われ、他に日本語で呼びようもないから例外と考えられる)
軍国色に迎合しなかった野村胡堂も、さすがに時勢の中で自粛をしたか、編集部が無用な軋轢を避けたものと見てよいだろう。
その中で昭和18年の作品とされていた棟梁の娘の「モラル」と昭和19年の作品とされていた風呂場に秘密の「トリック」はいかにも浮いているのだ。この点から見ても、これらの2作品は戦時中の初出ではなく、昭和24年9月の作品と思われるのである。



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